大切な人を亡くしてしまったとき、喪失感をどう癒せばいいのか

ずっと介護を続け時には介護の状態をつらいと思い、介護を受けているご両親などにつらく当たってしまったこともある、介護するということはとても大変なことで、誰もが心を平常に保つのが難しくなります。
その中でも必死に介護を続け、介護の果てにお亡くなりになったとき、残されたご遺族、特に介護を主軸となってやってきた人にとって、介護していた時間に何をすればいいのか、ひどい喪失感に襲われるといわれているのです。

夫、妻など長年一緒に連れ添ってきた伴侶を亡くした場合、その喪失感は大きなものとなります。
どんなにお孫さんが励ましに来ても、どんなにお子さんが近くにいてくれていても、今までずっと横にいてくれていた人、ずっと介護してきた相手がベッドの上からいなくなるということは本当につらいことなのです。
それでも少しずつ悲しみから解き放たれていくものですが、中にはそれがもとで鬱となってしまう方もいます。

悲しみからの回復、その障害となるものとは

大切な人を亡くしてしまったとき、長い介護の終わりが来るとそこにぽっかりと穴が開いたように感じるのです。
死ということを受け入れているはずなのに、あまりにも長い期間一緒に生きてきた人ですから、死を受け入れることが難しい事も納得できます。
しかし生きているのですから、悲しみから解放されるために少しずつ前を向く必要があるのです。

でも中には前を向くことができない人も出てきます。
それは、介護についてもっともっとできることがあったのに、もっと優しくしてあげればよかった、施設の対応に納得できないなら施設を変えることも考え場よかった・・と後悔が多い人ほど立ち直りが遅くなるのです。

悲観したり、悲しみをいやすためには、その感情を自分自身で受け止めることが大切になります。
こうして上げるべきだったと思う時、そうしてあげればよかったと思うほど、愛していたんだな、こんなに悲しみがいえないほど大切に思える相手だったんだな・・・そう考えていくと、そういう人に巡り合い、長い期間一緒にいられたこと、笑いあえたことなどをうれしく感じ取れるようになるのです。

感情に向き合うということ

悲しいということを隠して涙を流さずにいるよりも、悲しいと泣き叫ぶ方がすっきりできます。
悲しみの感情に支配されてしまう人の多くが、感情を出していない状態です。

自分が悲しむと家族が悲しい思いをする、泣くことはよくない、泣いてはいけないと思っている人ほど、何かのきっかけで感情が大きく崩れたとき、取り返しがつかないほど心を壊すこともあります。
悲しいと思う時には恥ずかしいと思わずに思い切り涙を流す、悲しい感情に任せてつらい、悲しいと口に出して言うことも必要なのです。

大切な人の死があっても、しっかりしている自分を演出する必要など全くなく、ご家族もその悲しみを受け止めるだけの心を持っています。
お子さんも介護が必要なお母さんが亡くなったということはそれなりの年齢です。
お子さんがいなくても、自分の周りには悲しみを受け止めてくれる存在が一人二人いると思います。

感情を隠さずにどんどん悲しみの気持ちを表に出す、落ち込んでいるならとことん落ち込む、すると、こんなにも大切な人を見つけて一緒に過ごし、そして死をみとることができるなんて幸せなことじゃないか、こんな気持ちをあの人に味合わせることにならなくてよかったなと別の考えが出てくるのです。
悲しいことは隠さない、感情を出す、泣く、叫ぶ、なんでもいいので気持ちを開放することが悲しみからの回復に必要になります。

無理に出かけなくていい

よく人の死によって落ち込んでいる人を外に連れ出そうとしてくれる人もいますが、行きたくないと思うのなら行かなくてもいいのです。
用事や趣味なども特にやる気が起きないのなら無理をすることはない、したいことをしていればやがて何かしようかなという気持ちになります。

さみしさを紛らわすために人がいるところに出て無理に笑顔を作るよりも、やる気が起きないのなら、しばらくその気持ちに沿って何もしないということもありです。
無理に出かけずグダグダしているうちに、少しずつ英気を養い、外に出てみようという気持ちになっていくこともあります。